オブザーバビリティとは何か? 仕組みとメリットをやさしく解説
オブザーバビリティとは? システムの状態を理解するための技術
AIやクラウド技術の進化により、私たちの使うシステムはますます複雑になっています。たくさんの部品(サービス)が連携して動くようなシステムでは、「今、全体としてシステムがどんな状態なのか」「もし何か問題が起きたら、どこで何が起きているのか」を正確に把握することが非常に重要になります。
この「システムの状態を深く理解し、何が起きているかを推測・特定できる能力」のことを、オブザーバビリティ(Observability、可観測性とも呼ばれます)と呼びます。
オブザーバビリティは、単にシステムが動いているか止まっているかを見る「モニタリング」とは少し異なります。モニタリングが「事前に決めた指標(例:CPU使用率が80%を超えたらアラート)」を見るのに重点を置くのに対し、オブザーバビリティは「予期せぬ事態や未知の問題が発生したときに、システムから得られる情報を使って原因を迅速に特定する」能力を高めることに重点を置きます。
なぜオブザーバビリティが重要なのか
システムが単純だった頃は、どこかに問題があっても比較的簡単に原因を見つけられました。しかし、クラウド上でたくさんの小さなサービスが連携するマイクロサービスのようなアーキテクチャが一般的になった現在では、問題がどこで、どのように発生しているかを特定するのが非常に難しくなっています。
例えば、ECサイトで注文ができない、という問題が発生したとします。これが決済サービスの不具合なのか、在庫管理サービスの不具合なのか、それともそれらを繋ぐ部分の問題なのかを、従来のモニタリング情報だけでは判断できないことがあります。
オブザーバビリティを高めることで、システムから収集される様々なデータを詳しく分析し、複雑なシステム全体を横断的に見て、まるでシステム内部を覗き込んでいるかのように、何が起きているのかを詳細に把握できるようになります。これにより、問題発生時の原因特定や解決にかかる時間を大幅に短縮することが期待できます。
オブザーバビリティを構成する3つの柱:ログ、メトリクス、トレース
オブザーバビリティを実現するためには、システムから以下の3種類の情報を収集し、それらを関連付けて分析することが一般的です。これらは「オブザーバビリティの3つの柱」と呼ばれています。
1. ログ (Logs)
ログは、システムやアプリケーションが発生させた「出来事」の記録です。例えば、「ユーザーAがログインしました」「ファイルBを処理しました」「エラーが発生しました」といった、特定の瞬間に何が起きたのかを時系列で記録したものです。
ログには、誰が、いつ、何をしようとして、結果どうなったのか、といった詳細情報が含まれます。問題が発生した際に、関係するサービスのログをたどることで、具体的なエラーの内容や、エラーに至るまでの経緯を詳細に把握することができます。
2. メトリクス (Metrics)
メトリクスは、システムの状態を数値化したものです。例えば、「CPU使用率」「メモリ使用量」「ネットワークトラフィック量」「1分間のリクエスト数」「エラー発生率」といった、時間と共に変化する量を定期的に集計したデータです。
メトリクスを見ることで、システム全体や各コンポーネントの健全性やパフォーマンスの傾向を把握できます。特定のメトリクスが急激に変化したり、異常な値を示したりした場合、それが問題の発生を示唆している可能性があります。ログが個々の出来事の詳細であるのに対し、メトリクスはシステム全体の概要や傾向を把握するのに役立ちます。
3. トレース (Traces)
トレースは、一つのリクエスト(例えば、ユーザーがボタンをクリックしてから画面が表示されるまで)が、システム内の複数のサービスをどのように通過していったか、その処理にかかった時間はどのくらいか、といった「一連の処理の経路」を追跡した情報です。
特にマイクロサービスのようにたくさんの小さなサービスが連携しているシステムでは、一つのリクエストが複数のサービスを経由するのが一般的です。どこか一つのサービスで処理が遅くなったりエラーが発生したりすると、システム全体に影響が出る可能性があります。トレースを使うことで、リクエストがシステム内のどこで詰まっているのか、どのサービスが原因で処理が遅延しているのかなどを視覚的に把握し、ボトルネックやエラー箇所を特定できます。(図1:トレースによるリクエスト追跡のイメージ)
オブザーバビリティのメリット
オブザーバビリティを高めることで、以下のようなメリットが得られます。
- 問題の早期発見と迅速な原因特定: 予期せぬエラーやパフォーマンスの低下をいち早く検知し、ログ、メトリクス、トレースを関連付けて分析することで、複雑なシステムでも原因を迅速に見つけ出すことができます。
- システムパフォーマンスの改善: システムの状態を詳細に把握できるため、どこに改善の余地があるか、ボトルネックになっている部分はどこかを特定しやすくなります。
- ユーザー体験の向上: 問題発生時の対応が迅速になることで、システム停止時間やエラーによるユーザーへの影響を最小限に抑えられます。
- 開発・運用チーム間の連携強化: 開発チームと運用チームが共通のシステム状態把握の基盤を持つことで、問題解決に向けた協力が進みやすくなります。これはDevOpsのような文化においても重要視される考え方です。
まとめ
オブザーバビリティは、現代の複雑なシステムにおいて、その内部で何が起きているのかを深く理解し、問題に迅速に対応するために不可欠な技術です。ログ、メトリクス、トレースといった要素を組み合わせることで、システムの状態を「見える化」し、予期せぬ事態にも対応できる能力を高めます。
IT業界の様々な職種、特にエンジニアと連携して仕事を進める際には、システムがどのように動いていて、どのような情報(ログやメトリクス)が収集されているのか、そしてそれがシステムの状態把握や問題解決にどう役立っているのかといった基本的な考え方を理解しておくことは、円滑なコミュニケーションにおいて非常に役立ちます。オブザーバビリティの概念を知ることは、システムをより深く理解し、より良いサービスを提供するための第一歩と言えるでしょう。